15th
ホワイト・ライト・エッセンスの記録 8
2011.09.24
Cosmic Convergence
とてもよい瞑想ができた。
2011.09.27
新月
「Devic Essence」をスタート。
本当は23日からスタートさせたかったのだが、忙しくてドーセージボトルを作っている時間が取れなかった・・・
入浴。
じんわり
やんわり
うねりのあるやわらかな波を感じる。
これは楽しみだ・・・
音で言うとエコーやリバーブのような感じ。
もう少しマニアックに解説すると、BBDアナログ・ディレイとデジタル・リバーブの中間のような肌ざわりだと思う。
アナログ・ディレイほどのくどさはなく、逆にSPXのような直線的な透明感もない。
今回は、エッセンスの解説をあまり読まずにスタートした。
前回の「Higher Self Essence」では本当に貴重な体験をしたが、事前に読んでいた解説によって、何らかの自己暗示にかかってしまったのではないか? という印象もわずかに残った。
そこで、今回はなるべく先入観を持たない状態でエッセンスと向き合ってみる事にした。
何が起こるのか、予想が立たない・・・
入浴後、瞑想。
深く入れた。
五感が変化し、しばらくの間、(意識の中で)別の空間に居た。
この感覚は前にも味わった事がある。
記憶の中の情報が、現在認識している情報に取って代わるのだと思う。
2011.09.28
練習
自分は何を表現したいのだろう・・・
分裂しているすべての自分を、違和感なく存在させられる視点を探す・・・
統合できなくてもいい。
受け入れられるだろうか・・・
やんわりと氷解してゆく自分を感じている。
「Devic Essence」は何かを解体しているような気がする・・・
プチ多幸感。
感受性が豊かになっている。
かなしくなったり、うれしくなったり・・・
秋の感覚でもある。
2011.09.29
練習。
基礎的な教則本を買ってきて1ページ目からやっている。
・・・が、まったく叩けない。
ひどいへたくそだ・・・
2011.09.30
ここ数日、ふと気がつくと、自分の出生について考えている。
・・・しばしば、考えている。
ぼくは自宅出産で、お産婆さんの立ち会いの下に生まれたそうだ。
母親の話によると、出産までの自宅生活は大変な苦労があったらしい。
事情はいろいろあったようだが、自分より何年も前に生まれた姉が病院で出産されていた事を考えると、当時としても、珍しくなりつつあったことなのかもしれない。
これについては母親に感謝している。
生き物として自然な状態で出産されたおかげで、ぼくは生きる事に対する絶対的なエネルギーを与えられたように感じているからだ。
そこには大きな愛を感じている。
前回の記事で、自分が幼稚園時代に女子園児の中に混ぜられていた事や、そこから人格的な問題が生じ始めたのではないか・・・、という話を書いた。
仮に、これを母親の欲望による所産であったと定義すると、自分は強い愛と強い欲望という相反するバイブレーションの嵐の中に生まれ落ちたのだとも考えられる。
成長のスタート地点に存在していたこの大きな矛盾からは、自分の分裂症的な性格を容易に説明できる。
自分を見失いやすかったり、意識が飛びやすかったり、グラウンディングが不得手であったり・・・
また、それゆえに心理学やセラピー、トランスパーソナルに興味を持ち始めたことも・・・
*
誕生のプロセスや分娩にまつわるトラウマについて考えるようになったのは、チェコスロバキア生まれの精神病理学者スタニスラフ・グロフからの影響が大きい。
「みずからの出産を再体験する人々は、自分の出産のパターンや状況と人生全体の性質との深いつながりを発見したことを、繰り返し報告している。誕生体験は、存在についての基本的感情、世界のイメージ、他者に対する態度、楽観主義と悲観主義の比率、人生の全体的戦略ばかりか、自身や問題の処理能力といった具体的諸要素をも左右するように思われる。」
「脳を超えて」スタニスラフ・グロフ
また、今ぼくが使っているこのエッセンスを開発したイアン・ホワイトさんは、著書の中でこう書いている。
「リバーシング・セラピストや他のセラピストの多くが確認していることですが、受精の時に存在した感情がその子供の精神に深い印象を残すのです。両親の間に無関心や冷淡さを子供が感じていたとすると、子供は自分自身や自分の性について不安な態度をとるようになります。子供が情熱的なセックスでつくられたか、それとも強姦や酔った上の行為など乱暴なセックスでつくられたかによって、子供の感情的安定度はまったく違ってきます。恐怖であろうと愛であろうと、両親がその時に経験した感情が、子供がどのような態度で外界に接するのかを決定する基本的感情になるのです。」
「オーストラリア・ブッシュ・フラワーエッセンス」イアン・ホワイト
この視点はユング以降に発展したトランスパーソナル心理学を基盤にしている。
しかし一方、本能的な領域では、これは生き物としてあたりまえのことだとも思える。
このような視点を、普通ではなく特殊であると感じとるようになっているのだとしたら、ぼくたちは生き物として大切な何かを忘れたまま生きているのではないだろうか・・・
また、ここには重要な示唆が含まれていると思う。
つまり、一人一人が子供の作り方に気を使うことで、世界を埋め尽くしている苦悩を減らしてゆける可能性があるということだ。
まず第一に、誰にでも出来る簡単なことは、楽しむためのセックスと子供を作るためにするセックスを、異なる行為として意識してみることだと思う。
2011.10.01
半月が近づいている。
数秘術的にも意味のありそうな日付だ。
深夜。
明日の朝も仕事で早いのだが、「じんわり、やんわり」を味わいたくて睡眠時間をけずって入浴。
浴槽の中で、エッセンスの波動をぼんやりと感じていると、自然と自分が出産された時のことについて考え始めていた。
ふいに、母親に対する感謝の念が湧き上がってきた。
それは、ずっと頭の中のどこかにあった事なのだが、今まで感情として認識した事のない気持ちだった。
そしてぼくは、無意識的に、いまだかつて一度も口にした事のない言葉をはじめてつぶやいた。
「ありがとう、おかあさん」
おそらく、長い間、心の奥底でブロックされてきた言葉、重要なキーワードだったのだと思う。
ぼくは泣きながら、この世界に生み出してもらった事に対する素直な感謝の気持ちを感じていた。
自分でも驚いた。
「Devic Essence」が解きほぐしていたのは、この感情を覆い尽くしていた厚い壁だったのだと理解した。
これはぼくにとって本当の意味でのグラウンディングなのだと感じた。
ぼくは、いま、はじめてこの世界に生まれたのだ。
2011.10.06
スネアドラムソロ、2回目のライヴ。
演奏中からして既にいくつもの反省点を見つけていた。
技術的な問題は今後の課題であるとしても、いま鳴らしている音と全体の構成とを同時進行で認識してゆく意識のバランスが悪い。
変な言い方になってしまうが、もう少しうまく自分を分裂させられる様になれば、全体の構成は今よりも整うはずなのだ。
演奏中、自分の中で意図的に主観と客観を動かしてみる事で、自己コントロールのコツを学べるようにも感じている。
ライヴ後、すぐに練習したい思いに駆られたが、場の雰囲気がよかったので飲酒をしてゆるんだ。
2011.10.09
オーストラリアの人達とゆっくり話をするチャンスがあった。
オーストラリアの社会の中では、スピリチュアリティーに関する事を話す習慣がほとんどないらしい。
彼らはその「つつしみ深さ」を、オーストラリアを植民地化したイギリスからの影響だと説明する。
・・・どうも、そこには社会的な抑圧システムの存在による過剰な自己制御を感じる。
日本でも似たような状況はあると思うのだが、抑圧のされ方、あるいは、抑圧されている部分は異なっているように思う。
彼らは、日本人以上にスピリチュアリティの露出に敏感であるような気がするが、日本人特有の神経症的な感覚は持っていない。
微妙な違いなのだが、話していると少しずつ分かってくる。
もちろん、それはアボリジニーを抑圧するオーストラリア政府の政策にも影響してきたわけだ。
スピリチュアリティーをめぐるオーストラリアの状況について、「その様な社会は悲しくないか・・・?」と聞いてみたら、「まあね・・・」という感じだった。
彼らは「だから、音楽の中でそれを表現するのだ」と言っていた。
このあたりの精神性についても、日本との同質性、あるいは差異を感じとる事が出来た。
・・・おそらく、いま、ぼくがこの公開自己セラピーの様な記事を書いていることなど、彼らにとってはかなりのタブーであるだろう。
もっとも、同じ日本人でもそう感じる人はいるだろうが・・・
ぼく自身、むやみに他者を傷つけてしまうような問題点を抱えていなければ、この様な記事を書くこともなかっただろう。
以前にも触れたことだが、もしもぼくが歌詞を書き、歌を歌っていたら、この様な記事は書いていなかったかもしれない。
もっとも、歌詞ではなく、音そのものでもスピリチュアリティーを表現できるとは思うが・・・
しかし、より正確には、ぼくが表現したいのは「トランス」なのであって「情念」ではない。
この二つは、混同されやすいようにも思うのだが、自分はそれをうまく使い分けられるようになりたいと思っている。
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終了。
今、ぼくが使用している「ホワイト・ライト・エッセンス」は、イギリスのエドワード・バッチ博士が開発した手法に、オーストラリア出身のイアン・ホワイトさんがアボリジニーの智慧と精神を融合させて産み出した「オーストラリア・ブッシュ・フラワーエッセンス」の中の1シリーズで、全部で7つのエッセンスがあります。
ぼくは、ホワイト・ライト・エッセンスをセオリーに従った順序で試していますが、この順序にも意味があるように感じています。
前回の「Higher Self Essence」では、本当に貴重な体験が出来たと思っていますが、その前までの4つのエッセンスによる下準備がなかったら、キツすぎる体験になっていたかもしれません。
そして、今回の「Devic Essence」は、前回のエッセンスで得た結果を整理させて、自分を更に一歩進んだ位置に連れて行ってくれたように感じています。
一方、マヤのリズムとは、付かず離れず、適度な距離感を保っています。
ぼくが浴槽の中(疑似子宮と考えられます)でカタルシスを起こしたタイミングは、まさに、マヤのリズム(に関する解釈の一つ)で「第6の夜」のミッドポイントにあたっていました。
そもそも、ぼくがオーストラリア・ブッシュ・フラワーエッセンスを知り、積極的に用いるようになっていった流れ自体、3/9に始まった(とされている)マヤの第9サイクルの進行ときれいにシンクロしていました。
大震災は、ぼくにとって、マヤのリズムを意識させる目覚まし時計の様にも感じられました。
しかしまた、ここまで深い体験をすることになるとも思っていませんでした。
振り返ってみると、この期間に、自分の中の何かが急速に変わっていった事が分かります。
形を問わず、ぼくに勇気をあたえてくれた人、本当にありがとう。
最後のホワイト・ライト・エッセンスにあたる7番目の「Angelic Essence」は、「第7の昼」の始まりとされる10/12(満月)にスタートさせる予定です。
そして更に、せっかくここまで来る事が出来たので、「ライト・フリケンシー・エッセンス」へと進んでみたいと思っています。
マヤのリズムも頼りにしつつ未知の世界へ入ってゆきます。